.
.
第1
章
.
クラスでもあまり目立たない少女
     、
宮原美也子
     、
十三才、
にとっ
て
     、
中学生になっ
て、
一番の望みは
     、
ふつうの
     、
平凡な、
でも、
とっ
てもすてきな女学生ライフを送ることだ
     っ
た
。
.
学校の帰りには、
駅前の小さなケ
     ︱
キ屋さんに寄
     っ
て、
お友達とブル
     ︱
ベリ︱
タルトや、
ア
     ッ
プルパイを食べながら
     、
恋の話や、
占いの話に花をさかせ
、
.
週に何回かは吹奏楽部の部活動にいそしみ
     、
定期テストの結果にき
     ゃ
あきゃ
あ、
わいわい、
盛り上が
     っ
て、
あこがれの先輩に宛てたラブ
     レタ
     ︱
をひそかに自宅の机の中にしま
     っ
て、
ふ
ぅ
とため息をつく。
.
そんな、
ちょ
っ
と甘い
     ・
・
・
甘く、
甘酸っ
ぱい
     、
すてきな女子中学生らしい生活が彼女
     の小学生の頃からの夢
。
.
でも・
・
・
.
そのささやかな夢は三週間前のあの日以来
     、
す
     っ
かり、
文字通り、
本当の夢まぼろしとな
     っ
ていた。
﹁
はぁ
﹂
.
美也子はため息をついた
     。
学校からの帰り道
     。
校舎を出てから何回目のため息か知れな
     い
。
.
隣を歩いていたクラスメイトの
     、
ゆ︱
こは、
ひ
     ょ
こん、
と彼女の顔を下からのぞきこみ
     
     、
﹁
どしたの?
.
みゃ
︱
こ
?
﹂
.
みゃ
︱
こ、
というのは
     、
クラスでの美也子のニ
     ッ
クネ︱
ム。
彼女はあまり気に入
     っ
ていなか
     っ
たが、
友達のあいだでは
     、
すっ
かりその呼び名が定着してい
     た
。
﹁
うん、
まあ、
ちょ
っ
とね
     
     ﹂
.
美也子はにっ
こりと笑
っ
た。
﹁
ふ︱
ん﹂
.
ゆ︱
こ︵
本当は優子︶
は
     、
しげしげと美也子を見つめ
     、
でも、
あまり気にしたふうもなく
     、
笑
     
     っ
た。
﹁
ま、
いろいろあるわよ
﹂
﹁
うん﹂
.
二人とも顔を見合わせ
、
にっ
こり。
.
空はよく晴れていた。
.
小さな雲がさぁ
ぁ
ぁ
︱
︱
︱
っ
と流れていく。
見ているだけで
     、
心が澄んでいくような春の
     青空だ
っ
た。
.
二人はとことこ、
とことこ
     、
と住宅街の中を歩いていく
。
﹁
ね、
ところでさ、
みゃ
︱
こ、
聞いた?
﹂
.
ゆ︱
こは通学カバンを大きく揺らしながら
     、
言
っ
た。
﹁
ん?
.
なにを?
﹂
﹁
あのね、
昨日ね﹂
﹁
うん﹂
.
ゆ︱
こは美也子の方へと振り返
     
     
     っ
た。
﹁
あのね、
昨日、
また、
まじかるエンジ
     ェ
ルズが現れたんだ
っ
て﹂
.
ぎくっ
、
と美也子は表情をこわばらせた
。
﹁
ま、
まじかるエンジェ
ルズ?
.
ど、
どこに
?
﹂
﹁
ほら、
隣町の、
駅の近くに大きなデパ
     ︱
トがあるでし
     ょ
?
.
ちょ
うどその前に
     、
だっ
て。
昨日の夜
﹂
.
ぎくっ
、
ぎくっ
、
とさらに美也子は表情を
     こわばらせた
。
﹁
ふ、
ふ︱
ん、
そうなんだ
︱
﹂
﹁
すごいよね、
エンジェ
ルズ﹂
﹁
ま、
まぁ
ね﹂
﹁
あのさ、
聞いた話だと
     、
あそこの繁華街で高校生の女の子がたち
     の悪い二人組みのチン
     ピラの男にからまれて
     たんだ
っ
て。
.
そしたらね、
そこにエンジ
     ェ
ルズが、
ばぁ
ぁ
ぁ
︱
んと現れて、
あっ
というまにやっ
つけち
ゃ
っ
たんだっ
て。
.
スティ
ッ
クから不思議な光をはな
     っ
て、
それがチンピラ二人に当
     た
     っ
て、
そしたらね︱
、
そしたら
     、
どうなっ
たと思う
?
﹂
﹁
う、
う︱
ん、
どうなっ
たの?
﹂
.
ゆ︱
こはくるっ
と美也子の方へと振り返
     っ
た
     。
じっ
と美也子の顔を見つめる
。
.
美也子の表情はさらに
     、
ぎくっ
、
ぎくっ
、
ぎく
っ
、
とこわばっ
た。
﹁
あのね﹂
.
ゆ︱
こは右手の人さし指を
     、
ピン、
と上へと伸ばし
、
﹁
あのね、
そしたらね、
その二人組みのチンピ
     ラ
     、
急に、
その場にがく
     っ
と崩れ落ちてね、
急に
     、
しくしく、
しくしく
     、
泣き出しちゃ
っ
たんだ
っ
て!
.
おまけに、
からんでた女の子に
     
     、
﹃
許してくれ︱
、
なんて俺たちは悪いやつだ
     っ
たんだ︱
﹄
っ
て、
頭を地面にすりつけて
     、
謝
っ
たんだっ
て。
.
もう女の子はぼうぜん
     。
はっ
と気がつくと、
いつのまにかエンジ
     ェ
ルズの三人はふわ
     っ
といなくな
     
     っ
てて・
・
・
う
     ︱
ん、
かっ
こいい!
う
︱
、
すてき!
.
それでね、
警察の人たちが駆けつけたとき
     には
     ・
・
・
そのときには
     、
もぉ
、
チンピラ二人とも
     、
子供みたいに、
ただただ
     、
わぁ
わぁ
、
わ
     
     ぁ
わぁ
、
泣いて、
﹃
ああ、
なんて悪いやつだ
っ
たんだ︱
﹄
っ
て。
.
すごいよね。
まじかるエンジ
     ェ
ルズはね、
愛の妖精の力で
     、
悪い人の心を
     ・
・
・
あ、
悪い人じ
     
     ゃ
なかっ
た、
﹃
心のよごれたエンジェ
ルさん﹄
だ、
.
その汚れた心をきれいにしち
     ゃ
うんだよ!
.
改心させちゃ
うんだよ
     。
不思議な光で。
すごいよね
!
﹂
﹁
へ、
へぇ
﹂
.
美也子はこめかみをピクピク
     、
ピクピクとさせながら言
     っ
た。
つぅ
っ
︱
︱
︱
と冷や汗がほおを伝う
。
﹁
で、
でもさ、
ほ、
ほんとはもう
     、
みんな、
もうエンジ
     ェ
ルズに飽きてるんじ
     ゃ
ないかな︱
。
もう、
来なくてもいいや
     ︱
、
なんて心の中じ
     ゃ
思っ
てるんじゃ
ないかな
     ︱
。
よけいなことするな
     、
とか。
特に警察の人とか
﹂
﹁
な、
なに言っ
てるのよ
     
     !
﹂
.
ゆ︱
こは目を大きく見開き
     、
言っ
た。
どうやら
     、
本気で怒っ
たようである
。
﹁
えっ
と︱
﹂
﹁
みゃ
︱
こ、
本気で言っ
てるの!
﹂
.
ゆ︱
こはぐっ
と両方の手を体の前で握
     
     っ
た。
﹁
まじかるエンジェ
ルズはもうみんなのヒ
     ︱
ロ
     ︱
・
・
・
あ、
ヒロインじ
ゃ
ない!
.
暴力じゃ
なく、
不思議な力でよごれた心を
     きれいにしち
     ゃ
うんだよ
     
     
     
     !
.
すごいよ。
エンジェ
ル
     、
なんていうぐらいだから
     、
ほんとの天使かも知れない
。
.
三週間前から突然、
あらわれて
     、
日本中、
いろんなところで愛と
     幸せをふりまいてるん
     だよ
!
﹂
.
どうやら、
もうなにを言
     っ
てもだめそうだっ
た。
.
美也子は、
気づかれないように
     、
そっ
と息をついた
。
﹁
そ、
そうだね﹂
﹁
そうだよ!
﹂
.
ゆ︱
こは、
前を向き、
ひとり
     、
うんうん、
うんうん
、
とうなずいた。
﹁
まっ
たく、
みゃ
︱
こは分か
     っ
てないんだから
     ぁ
。
まじかるエンジェ
ルズはね、
いまやもう
     、
日本中のヒロイン、
アイドルなんだよ
。
.
テレビのニュ
︱
スやワイドシ
     ョ
︱
なんか、
も
     ︱
、
毎日毎日、
エンジ
     ェ
ルズの話題でいっ
ぱいだよ
     。
半分以上の時間がエンジ
     ェ
ルズの特集
!
﹃
いっ
たい彼女たちは何者か
     
     ?
﹄
﹃
正体は?
﹄
﹃
あの不思議な力はなんなのか
?
﹄
っ
て﹂
﹁
そ、
そんなに?
﹂
.
美也子はこの三週間ほど
     、
なるべくテレビのニ
     ュ
︱
スは見ないようにしていた
。
.
と、
いうより、
できれば見たくない
。
﹁
それにね、
インタ︱
ネ
     
     
     ッ
トじゃ
・
・
・
﹂
﹁
イ、
インタ︱
ネッ
ト
     
     
     
     
     ?
﹂
﹁
そ、
インタ︱
ネッ
ト﹂
.
ゆ︱
こは笑っ
た。
﹁
インタ︱
ネッ
トじゃ
、
この三週間のあいだに
     、
エンジ
     ェ
ルズのコミュ
ニテ
     ィ
サイトがすごい勢いで増えてるんだよ
。
.
特にね、
最初にあらわれた金髪のエンジ
     ェ
ル
     ・
・
・
まじかるエンジ
     ェ
ルズのリ︱
ダ︱
、
ミフテ
     ィ
のコミュ
ニティ
サイトは・
・
・
﹂
﹁
み、
ミフティ
?
﹂
.
ごほっ
、
と思わず美也子は咳き込んでいた
     
     。
.
ごほっ
、
ごほごほごほ
・
・
・
﹁
みゃ
、
みゃ
︱
こ、
だ、
だいじ
     
     
     
     ょ
うぶ?
﹂
﹁
う、
うん、
ごめん、
だいじ
     ょ
うぶ。
ちょ
、
ち
     ょ
っ
とつば飲みこんじ
ゃ
っ
ただけだから﹂
.
ごほん、
と咳払い。
.
美也子は、
ふ︱
、
と息をつき
     、
﹁
そ、
それで
     ・
・
・
それで、
ミフテ
     ィ
のコミュ
ニティ
サイトが
     、
ど、
どうしたの
?
﹂
﹁
あ、
そうそう、
あのね
     
     ﹂
.
ゆ︱
こは、
にっ
と笑っ
た。
.
ぐっ
と片方の手をにぎり
     
     、
親指を立て、
﹁
あのね、
ミフティ
のコミ
     ュ
ニティ
なんかね、
もう二万以上あるんだ
     よ
     。
それにこの数日は毎日千以上のペ
     ︱
スで増えてるし
﹂
﹁
に、
二万?
.
ま、
毎日
、
せ、
千以上ぉ
?
﹂
﹁
そっ
。
なんてっ
たっ
て
     、
ミフティ
の人気はダントツだもの
     
     !
.
う︱
ん、
他の二人もいいけど
     ・
・
・
やっ
ぱり
     、
ミフティ
が最高よね
!
.
金髪の美少女で、
それに長髪で
     、
頭の両脇にお団子さん作
     っ
てるのも
     、
なんだか、
かわいいじ
     ゃ
ない?
.
ピンクのコスチ
     ュ
︱
ムもかっ
こいいし!
﹂
.
美也子は思わず、
くらくら
     、
くらくらとしてきた
     。
コミュ
ニティ
サイトが二万以上
     
     
     
     
     ?
.
うそでしょ
︱
、
いつのまに
!
.
あ︱
、
なんだか、
めまいがする
。
﹁
ね、
みゃ
︱
こ。
みゃ
︱
こはインタ︱
ネッ
トとか見ないの
?
﹂
﹁
見ない。
見たくない。
よけいに見たくなくな
     っ
た﹂
﹁
えっ
?
﹂
.
美也子は、
はっ
としてゆ
     ︱
この方を振り返っ
た。
.
あわてて・
・
・
.
あわてて、
その場を取りつくろう
     
     。
﹁
あ、
あっ
、
ああ、
ええと
     ・
・
・
私・
・
・
私、
パソコンとか
     、
あんまり得意じ
ゃ
ないし︱
﹂
﹁
あ、
そうか。
でも・
・
・
﹂
.
ゆ︱
こは正面に向き直り
     、
元気よく足を振り上げた
     。
ぶわっ
と制服のスカ
     ︱
トが波を打つ
。
﹁
でもさ、
やっ
ぱりこれからは
     、
すこしは出来た方がいいよ
     、
インタ
     ︱
ネッ
トとか。
やっ
てみると
     、
けっ
こう楽しいよ
     
     
     
     !
﹂
﹁
そ、
そうね﹂
﹁
ああ、
まじかるエンジ
     ェ
ルズっ
てすてきよね
     ぇ
。
いっ
たいどこの誰なんだろう
     ?
.
私たちと同じぐらいの女の
     子たちなのに
     、
すごいよね
     ぇ
。
ね、
みゃ
︱
こはい
     っ
たい誰だと思う
?
﹂
﹁
さ、
さぁ
﹂
﹁
けっ
こう私たちのすぐそばにいたりして
﹂
.
ぎくっ
、
ぎくっ
、
と美也子の顔がこわば
     っ
た
。
﹁
ま、
まさかぁ
、
はは﹂
﹁
そうよねぇ
、
まさかよね
     ぇ
。
ああ、
でも・
・
・
でも、
私も、
まじかるエンジ
     ェ
ルになりたいな
︱
﹂
﹁
そんなにいいものじゃ
ないわよ﹂
.
ぼそり。
﹁
えっ
?
﹂
.
ゆ︱
こは美也子のほうへと振り返
     
     
     
     
     
     っ
た。
﹁
えっ
?
.
なにか言っ
た
?
﹂
﹁
えっ
、
えっ
﹂
.
美也子は、
はっ
として引きつ
     っ
た笑みを浮かべた
     
     
     。
﹁
あ・
・
・
あの、
べ、
べ
、
べ、
別にぃ
﹂
﹁
変なの﹂
﹁
そ、
そ、
そうね、
ちょ
っ
と変よね、
ごめんね
﹂
﹁
あのね、
みゃ
︱
こ﹂
.
ゆ︱
こは美也子をまじまじと見つめ
     、
﹁
あのね
     、
私たち、
親友よね
     。
むりには聞かないけど
     、
なにか悩みがあっ
たら・
・
・
いつでも言
っ
てね﹂
.
美也子は笑っ
た。
﹁
そうね、
ありがとう、
ゆ
     ︱
こ。
でも、
ほんと、
なんでもないの
     。
ちょ
っ
と夜更かしして、
寝不足なだけ
     。
それに英語の授業もつまんなか
     っ
たし﹂
﹁
ほんと?
﹂
﹁
うん、
ほんと﹂
﹁
うん﹂
.
ゆ︱
こは正面に向き直り
     
     
     、
足を振り上げた。
﹁
そうよね、
英語の授業
     、
つまんないもんね。
ああ
、
それにしても﹂
.
青い空を見上げ、
にこ
     っ
とほほ笑んだ。
顔に手を当て
     、
ほぉ
っ
とため息
。
.
遠い目をして、
﹁
それにしても、
まじかるエンジ
     ェ
ルズっ
て、
すてきよね
     
ぇ
﹂







